自閉症・情緒しょうがいの特別支援学級に在籍している小学校2年生のれん君の記録③です。
今回の発達記録③では、下記発達記録表の障害福祉センターについての話しになります。
順番 内容 年齢 判明した理由
① 食物アレルギー(たまご) 1才 離乳食での蕁麻疹
② 包茎 1才半 1才半検診
③ 外斜視 3才 3才児検診
④ 筋緊張低下症(低緊張) 4才 障がい福祉センターでの診察
⑤ 高機能自閉症(ASD) 5才 同上
⑥ 睡眠障害 6才 小児精神科での診察
保育園年少さん、相変わらずの集団行動参加への困難と一度おきると治まらない癇癪の頻発により、担任の先生より、地域の発達支援センターへの相談を勧められました。
ただし、「なかなか予約が取れないので、初診までかなり待つと思います。」と先生から言われ、実際に電話してみると、年少の3月に電話をし、初診の予約が取れたのは年中さんになった6月でした。
3カ月待ちでしたが、保育園の先生いわく、それでも早いほうとのことでした。
発達支援センターの初診でも、まだ私の気持ちの整理がついておらず、ほとんど聞かれたことに答えるのみでこちらからの質問等は特にできない状態だったと思います。(私の一番の情緒不安定期で、人生初の円形脱毛症を発症した時期です 涙)
発達支援センターでの初診は、お医者様にも見てもらいましたが、5才まではあまり確定させてないということ、更に、「この子は低緊張症ですね。今まで診断されたことはありますか?」と言われ、診断されたこともなく、”低緊張症”という単語も知らなかった私、「低緊張症とは????」から始まり説明をしていただきました。
それで、お医者様より「もしかしたら、自閉症と思われる特性は、低緊張症による姿勢保持や運動時等における疲れやすさからくるイライラが癇癪につながっているのではないか」ということで、「発達支援センターでの療育を受けながら、低緊張症が理由なのか、発達障害なのか見ていきましょう。」という流れになりました。
が、ここでも時間がかかるもので、発達支援センターでの療育は前期、後期のクラス制となっていて、診察が6月だったため、療育を受けられるのは後期が始まる10月からとのことで、またしても”待ち”の状態が続きました。3月に電話をかけてから7カ月。私にはとても長い時間でした。
ただ、”低緊張症”が判明し、保育園に報告したところ、ベテランの担任の先生も、主任の先生でさえも、”低緊張症”についてはよく知らなかったということで、「保育園で勉強して対策を考えます」と言っていただいた次の日の帰りには、担任の先生と主任の先生から改めてお話しがあり、担任の先生からは涙ぐむレベルで「低緊張症のことを調べて、今まできっと沢山のことを頑張らせてしまっていたこと、”つかれたからやりたくない”と言っていたことを軽くみて相手をしていたが、特性上本当につかれていたんだろうと考えると本当に申し訳なく、れん君にも直接謝罪しました。ご両親に対しても大変申し訳なく思っています。これかられん君のためにできることを勉強していきます。」と誠心誠意の謝罪がありました。私としては、保育園側に問題があったとは微塵も思っていなかったので、そんなに真摯に対応してもらえるんだと感激しましたし、この時の先生には本当に感謝してもしきれません。
そして、卒園した今も、この時の担任の先生とは年に一度必ず会っていて、れん君のことを今でもとても可愛がってくれています。感謝。
保育園での対応としては、れん君にはこまめに休憩時間を作ってもらうこと、本人からの”疲れた”の主張をなるべく尊重すること、椅子にクッション?を敷いてもらうこと、椅子の下に足置きのエアマット?のようなものを敷いてもらうこと。と、色々な対応をしていただきました。ありがたい限りでした。
そして、年中さんの10月から発達支援センターでの集団療育に参加しつつ、担当の支援員さんと話し合いをしながら、年長さんの5月に再度、発達支援センターで診断を受けることになりました。
しかし、ここで問題が!!なんと、療育待ちの子がとても多いので、れん君と一緒に集団療育に通っていたメンバーが全員年中の集団療育で強制卒業という宣告をされました!!
全く予想していなかった事態に私もですが一緒にいた保護者はみんな驚愕で混乱状態です。
集団療育は月に1度で2月が後期ラストだったのでなんとたったの5回で療育終了という事態に!!
集団療育で初めて集団活動の際の問題行動を目の当たりにして絶望していたのに、現実だけ知らされて実質クビという絶望。。。
それが不安だという人は、年長児向けの個別療育に申し込んでください。ただ、申し込みが多いので枠が空いたら連絡します。という望みが薄い状況に。。。息子の発達障害について受け入れ始めて療育に望みをもっていただけに、絶望感はとてつもなく。円形脱毛症も広がる一方でした。
個別療育の空き待ち状態と同時に”田中ビネー知能検査V”という知能検査も受けたので、検査結果とともに、保育園からの報告書、発達センターでの療育の様子、家庭での様子、診断中の様子を総合的に判断されました。
ここで初めて、”自閉症スペクトラム”と、”ADHD疑い”という二つの特性がつきました。
ここまでが体感として本当に長かったし、普段悩むことがない私の人生で一番つらい時期でした。
円形脱毛症がずっと治らず、500円玉よりも大きなツルツルが多い時で同時に3つできました。過去を思い出しながら書いている今でさえもその時のことを考えると身震いします。つらかったなぁ。
ここから少し飛んで、小学生に上がるタイミングで、発達支援センターでの支援は終わり(未就学児まで)ということで、発達支援センターから、かかりつけの小児精神科をどこかしら決めておいた方が今後の支援や相談につながりやすいし、本人も相談できる場所があると知っていた方がいいと勧められたので、小学生からは小児精神科に通うことになりました。
そして、精神科の先生に睡眠についての相談をしたところ、「睡眠障害があるのではないか」ということで、お薬を出してもらいました。「薬の効果がある場合は睡眠障害で、効果がなければ睡眠障害ではない」というとても分かりやすい効果があるということでしたが、見事に効果抜群でした!
ここで最後の”睡眠障害”の特性がわかったということです。
長くなったうえに、最後のほうは駆け足になりましたが、以上でれん君の特性がわかるまで、の発達記録を終わりにします。
あとはそれぞれ掘り下げていこうと思います。今後もどうぞよろしくお願いします。